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神々の願い“岩戸隠し”の中継地

信州松代、尼厳山。これで「あまかざりやま」と読む。近くにある日本百名山の雨飾山ではないのでご注意を。読み方が不思議だが、充てた漢字も意味あり気ではないか。戦国期には真田幸隆が頂の山城を落とし、上杉勢を見張ったという展望抜群の低山でもある。そのむかし、神々の祈りを背負い、この山に登頂した神がいる。そのミッションは、岩戸を隠すことだった。

天岩戸伝説は日本各地に伝わるが、戸隠にもっとも近いのが、この尼厳山だろう。天照大神が弟・素戔嗚尊の乱暴に嫌気がさし、岩の影に隠れてしまった。太陽が隠れ、世は暗闇となる。それでは困ると、天照大神を分厚い岩壁の向こうから引き戻すべく、八百万の神々が集まった。その中で、知恵を授かった二柱の神が進み出る。憑りつかれたように躍り狂うのはアメノウズメ。それを見た神々の笑い声に、つい天照大神は岩戸を開けて覗き見ようとする。すかさず岩戸をつかんで投げ飛ばしたのはアメノタヂカラオ。ひょいと天照大神も引っ張り出すことに成功し、ふたたび世に光が戻ったという物語だ。

各地の低山を旅していると、さまざまな地域で「天岩戸」に出合う。たとえば山中湖畔の石割山には、その7合目付近に石割神社が鎮座しており、ご神体の巨石の割れ目に天照大神が隠れたと伝わる。この社には、ここから岩戸を投げ飛ばし、岩戸隠しに貢献したアメノタヂカラオが神として祀られている。その岩が落ちたところが信州の「戸隠」だ。そんなわけで、戸隠神社の奥宮にもアメノタヂカラオが祀られている。

……と、ここまではよく耳にする神話の内容。ところが、長野市の松代には、その岩戸を探しにきたタヂカラオの伝説が残っているのだ。二度と世から光を奪ってはならぬと、岩戸を封じることは神々の願いだった。そこでタヂカラオが、投げ飛ばした岩戸を探し出して、あらためてどこかに隠そうと旅に出た。ようやく探し出した岩戸を背負って、隠し場所を探そうと見晴らしのよい山に登った。これが尼厳山だと伝わる。たしかに山頂は眺めが素晴らしく、長野市内の向こうに北信の名山が屏風のごとく立ち並んでいるのが見渡せる。

はじめて尼厳山を訪れたとき、となり合う奇妙山との間に「天岩戸」が存在すると聞いていたので、まずはそこを探そうと山に入った。ふんだんな落ち葉が道を覆い隠してしまい、山歩きの経験が少ないと道を見失うような場所だったが、急斜面の山腹にひっそりと岩が口を開けて待っていた。

尼厳山に向かうと、山頂にはかつて真田幸隆も眺めたであろう北信の展望が大きい。ふと目をやった先には、ギザギザした山稜が見えている。あのあたりに隠すのがよさそうだ……と、タヂカラオになったつもりで想像を遊んでみた。二度と光を奪うことなきよう――。神々のその祈りは、果たして「戸隠」という山となって、いまに伝わっている。

尼厳山の地図はこちらから
https://yamap.co.jp/map/2841

大内 征

大内 征

地域の歴史や伝承を辿りながら山を歩き、日本のローカルの魅力を探究。ピークハントにとらわれない新しい登山スタイルを模索し、足で覚えた山旅の愉しみ方を言葉と写真と小話で伝えている。 NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー、著書に『低山トラベル』『とっておき!低山トラベル』(二見書房)など。2017年は山岳雑誌・岳人で「歴史の山旅」を連載、NHK Eテレ「趣味どきっ! 大人の歩き旅」およびBS日テレ「低山トラベラー」で山の案内人をつとめ、好評を博した。 雑誌寄稿やメディア出演の他、登山や暮らしをテーマにした各地の取り組みに参画するなど、これまでにない「山×歴史×ソーシャル」の活動領域を切り拓いている。宮城県仙台市出身。