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天の川に救われた、神々の祈りし山


たかつる、という響きがとてもよい。そもそも「高鶴」とは、潤いのある土地を意味する古代語だという。このあたりは南房総の低山地帯にありながら水に恵まれた土壌で、その潤いは土地の作物を良質に育てる。実はその水が“天の川”からの恵みだと知って以来、ロマンに弱い乙女座ハイカーのぼくは、この山の虜になってしまった。

まずは、山神さまの恋話に耳を傾けよう。来る日もくる日も夜空を見上げていた山の神が、闇夜でひときわ輝く星に恋をしたそうだ。その思いが届き、ふたりはめでたく結ばれる。不自由のない暮らしだったが、あるとき水が枯れてしまい、作物も実らず、湯浴みもできず、住民たちとともに困り果ててしまった。そこで星の女神が、父たる太陽と母たる月に祈り続けたところ、遠く“天の川”から水を分け与えてもらったのだという。以来、この地は潤いあるよき土地となった。

なんだか外国のおとぎ話のようなストーリーだが、日本一の低山王国・千葉にこんなステキな里山があろうとは。周辺を歩いてみると棚田の美しさが際立ち、星ヶ池や星井滝など“星”と名の付くものが点在するのも面白く、夜空のムコウに向かってあれこれ空想するだけでも楽しいこと間違いない。

往復2時間、短くも山の魅力が凝縮!


高鶴山は燃料調達の場だったり、こどもの遊び場だったりと、里人の日常と密接な関係にあった。いまはときおりハイカーが歩く程度で、東の“表参道”はいささか道が廃れている。西の貯水池か、南の東善寺から登るのがよいだろう。竹林の中にある洲貝川の源流では“天の川”のいい伝えを思い出してしまう。まさか“スカイ”とは、天空のことではないか……なんて、そんなことはあるまいが、そういう妄想ハイクも楽しい。


その竹林の奥に、古峯ヶ原神社がひっそりと佇んでいる。古峯とは日光を開いた勝道上人が修行を重ねた地で、天狗信仰が色濃い霊山である。本拠地・鹿沼の古峯神社では、書き手によって異なる天狗絵のご朱印が参拝に訪れる人の名物となっている。その栃木の古社がここ千葉の里山にあり、竹に囲まれた小さな境内には出羽三山の碑もあるのだから、北の祈りの山々となにかしらのネットワークがあったことをうかがわせる。


山頂には、古より崇められてきた「石尊権現」を祀った小さな祠がある。かつて関東屈指の霊山・相模大山の頂にあった磐座を「石尊」といい、そこに“雨降り”を祈る雨乞いの信仰が起こって、その霊験は関東一円に広がった。関東各地から大山詣でをするための通り「大山道」がつくられるほどの影響力をもっていた。“石尊山”という名の山が関東に多いのは、実はそうした理由がある。

まさにその祈りの力も、ここ高鶴山にも届いているのだ。下野に出羽に相模にと、この小さな房総の里山に、各地の祈りの力が結集している。祈りが求められていた証だろう。こんもりした山頂からは、富山三山と富士山が、そして太平洋までよく眺められて、ことのほか気持ちがよい。低山としての魅力はもちろん、地元の伝承もしっかり息づく祈りの山なのだ。

大内 征

大内 征

地域の歴史や伝承を辿りながら山を歩き、日本のローカルの魅力を探究。ピークハントにとらわれない新しい登山スタイルを模索し、足で覚えた山旅の愉しみ方を言葉と写真と小話で伝えている。 NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー、著書に『低山トラベル』『とっておき!低山トラベル』(二見書房)など。2017年は山岳雑誌・岳人で「歴史の山旅」を連載、NHK Eテレ「趣味どきっ! 大人の歩き旅」およびBS日テレ「低山トラベラー」で山の案内人をつとめ、好評を博した。 雑誌寄稿やメディア出演の他、登山や暮らしをテーマにした各地の取り組みに参画するなど、これまでにない「山×歴史×ソーシャル」の活動領域を切り拓いている。宮城県仙台市出身。